米津玄師(よねづけんし)のおじいちゃんとはどんな人?Lemonへの思いとは?

2018年に初の紅白歌合戦に出場した米津玄師さん。

ドラマ”アンナチュラル”の主題歌「Lemon」を歌唱され、初のテレビ生歌唱ということで注目を集めました。

今回は「Lemon」の楽曲に込めたれた思いや、米津玄師さんのおじいちゃんについて解説していきたいと思います。

Lemonが大ヒット!2018年を象徴する楽曲に!

ハチ名義でボカロシーンで活躍し、2012年に本名で活動を開始した米津玄師さん。

2018年1月にはドラマ「アンナチュラル」の主題歌として書き下ろされた楽曲「Lemon」は、ミリオンセールスを記録。

「Lemon」はCMにも起用されるなど1年間でその支持が拡大し、年間ランキング各主要チャートを独占し、2018年を象徴する楽曲となりました。

ミュージックビデオは公開から約13時間で100万回、6日間で1000万回再生を記録。それ以降も再生回数を伸ばし、同年6月には1億回再生を果たしました。

これまでも、「アイネクライネ」「打ち上げ花火」など1億回再生を記録していましたので、「Lemon」で3度目の快挙となります。

その後、「Lemon」は同年11月に2億回再生、2019年2月には3億回再生を突破。

それ以降も4億回、5億回とさらに再生回数を伸ばし続け、2020年には6億回再生、2021年には7億回再生を記録しました。

これは日本人のミュージシャンで史上初となります!

米津玄師のプロフィール

まずは米津玄師さんのプロフィールを紹介します!

名前 米津玄師(よねづけんし)
生年月日 1991年〈平成3年〉3月10日
出身地 徳島県
血液型 O 型
身長 188cm

ハチ名義でボカロシーンで活躍し、2012年に本名で活動を開始した米津玄師さん

米津玄師さんはもとよりメディアへの露出が非常に少ないことで知られています。

「ニコニコ動画」に、ボーカロイド曲を投稿し、話題を集めていましたが、メディアや雑誌などの露出が少なく、謎に包まれている部分も多くありました。

Lemonに込められた想いは?

大ヒットした「Lemon」ですが、この曲の背景にはおじいちゃんの死がありました。

ドラマ「アンナチュラル」の主題歌として、書き下ろされた「Lemon」。

その制作中に、米津玄師さんのおじいちゃんが亡くなりました。

人の死を扱う曲を作っている中で肉親が亡くなる。このことにとても考えさせられる部分があったそうです。

完成までにかなり悩み、今まで以上に時間をかけて制作された「Lemon」。

時間をかけて出たフレーズは「苦いレモンの匂い」という歌詞でした。

「死」というテーマがあるけれど、悲しい曲調にしてバラードだけでは終わらせたくなかったのだとか。悲しいテーマの中にも、曲調に朗らかさを残したかったそうです。

大切な人の死はただただ悲しいもの。その喪失感を表現しつつも、バラードだけでは終わらせなかったことで、聴く人の心を掴みました。

 

楽曲のタイトルは当初、「メメント(Memento)」だったとか。

ですが、少々表現が過剰と感じた時に、思いついたのが「胸に残り離れない 苦いレモンの匂い」という歌詞。

突然浮かんだフレーズに、ご本人も何故だかわからなかったそうですが、これだという確信も感じたそうです。

「切り分けた果実の片方の様に」という歌詞も、大切な人の死や悲しさを表現されているフレーズ。1つのレモンだったという変えることのできない事実。

こうしたものから、最終的にレモンという言葉にたどり着いたそうです。

米津玄師のおじいちゃんはどんな人?

楽曲制作中におじいちゃんを亡くした経験は、「Lemon」を語る上では欠かせない経験だとインタビューで発言しています。

米津玄師さんは、田舎へ帰省した時はおじいちゃんと会って話すことはあっても、頻繁には会っていなかったとのこと。

「じいちゃんとはそんなに頻繁に会ってはなくて。昔は田舎に帰省したときに会って話したりしてたんですけど、最近はとんとなくて。じいちゃん、俺が20歳になる前には認知症が出て、ひさしぶりに田舎に行ったときにも俺のことを覚えてなくて、それは仕方のないことだと思うんですけど……そうやって徐々にいろんなものを忘れていく、いろんなものをなくしていく感じだったんです」

20歳になる頃には認知症が出てきており、「久しぶりに帰省した時には、覚えていなかった」と語っていたことがあります。そうやって少しづつ色んな事を忘れ、失くしていく。

そのことが米津玄師さんにとって、近しい人の死がいかに悲しく印象的な経験だったのか伝わってきます。

また、Lemonという楽曲については「じいちゃんが連れて行ってくれたような感覚がある」とも語られていました。

ドラマ製作陣からは、”人を優しく包み込む楽曲”というリクエストがあったが、結果的には、”あなたが死んで悲しいです”と歌っている楽曲になった。

ある意味、個人的な楽曲になったが、自分の楽曲を客観的に見たときに、普遍的なものになった意識があったとか。

おじいちゃんが亡くなったことで、“おじいちゃんに作らせてもらった”という感覚が強いそうです。

近しい肉親の死が、いかに印象的な経験だったか。そして、死を経験したことで、自分だけでは切り開くことのできなかったものが出来上がった。

米津玄師さんとおじいちゃんの関係性が、強い絆で繋がっていたことが伝わってきますね。

紅白歌合戦での初生歌唱

先述した通り、米津玄師さんはメディアへの露出が非常に少ないことで知られていました。

近年は弾き語りなどを行えば、ネットですぐさま拡散される時代に。

一日一日の時間を大切にされている米津さんは、有名になったことでネットで拡散されるようになったことについて、Twitterで下記のようにコメントしていたことも。

『10代の頃からその日限りの過ぎ去ってていくものとして緩くやってたんだけど、最近動画として至る所に残るようになってしまって、もう以前のような形では無理かもなあと感じている。ごめんね。その分ライブで会おうな』

このコメントから、紅白歌合戦へのオファーが来ても、断る可能性が高いのではないかと言われていました。

そんな米津玄師さんでしたが、NHK側が何度も交渉を行い、紅白歌合戦への出場が決まりました!

紅白歌合戦では米津玄師さんにとって初のテレビ生歌唱のため、話題を集めましたね。

中継先に選んだのは、故郷にある大塚国際美術館。

紅白歌合戦への出場を決めた理由として、レコード会社を通してこのように発表されています。

「祖父の他界から1年後となるこの12月の大みそかに、自身の故郷、そして祖父の生きていた土地・徳島でこの曲を歌うことの意味を感じることができたため、オファーを受けさせていただきました」

大塚国際美術館システィーナホールには沢山のキャンドルが設置されており、幻想的な空間での歌唱となりました。

フルコーラスで歌唱され、演奏中にはダンサーの菅原小春さんがダンスを披露。より楽曲の世界観を表現されました。

「Lemon」のミュージックビデオは教会が舞台となって撮影されています。大塚国際美術館は楽曲の世界観を表現するにはぴったりの場所だったのではないでしょうか。

楽曲とマッチした神秘的な雰囲気が反響を呼び、放送後には聖地巡礼として全国からファンが訪れるようになりました。

来館者数は通常の5割増加したのだとか。

米津さんは紅白歌合戦、出演後にTwitterを更新されています。

おじいちゃんの死から1年経過した大晦日で、おじいちゃんが生きていた土地で歌うLemonはとても感慨深いものがありましたね・・。

まとめ

今回は、米津玄師さんの「Lemon」に込められた想いやおじいちゃんとの関係について解説してきました。

「Lemon」はおじいちゃんの死に込められた想いがあった

米津玄師さんとおじいちゃんの絆によって、「Lemon」という楽曲を切り開くことができた

「死」はいつかは必ず訪れるものであり、避けることのできない悲しいテーマだからこそ、「Lemon」という楽曲は、聴く人の心に優しく寄り添ってくれると感じました。

そして、「Lemon」という楽曲が、より多くの人に聴いていただけますように。

今後も、米津玄師さんの活躍を応援しています!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。